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2022年3月1日火曜日

石拾い 2 |石世界|

 





石拾いブームが来るかもしれない


どうも、石の人です。
石のみなさま、石ではないみなさま、お元気でしょうか。私は元気です。
さて、石拾いブームが来るかもしれません。いや、もう来ている説があります。石拾いブームって何やねんとは言わせません。このブログをご覧になっている時点で何かしら石に興味を持っておられるでしょう。


いらない目次
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1. ただの石ころアカウント


当ブログ『石と海』は2016年8月18日が初投稿で、現在6年目を迎えています。
ブログを始めて少し後、インスタグラムにて石だけをひたすら投稿する石の標本アカウントを作りました。(石標本(Instagram)
当時は鉱物や宝石、水石や盆石(水石については、拾った石をどうするの?で少し説明しています)のアカウントはあっても、ただの石ころをひたすら投稿するアカウントは、身近なところで私の石拾いのきっかけを作ってくれた会社の同僚デザイナーE、石と海にやたらと登場するTADAのアカウントくらいしか、なかったように思います。気づいてなかっただけかもしれないですけど。(その可能性は高い)
とにかく、石ころアカウントはとても少なかったわけです。まあそりゃそうでしょう。ちなみに勝手にリスペクトしている石の方々、宮田珠己さんやアズッキさん(なぜかアルファベットで打とうとするとバグってしまいます、読み方違っていたらごめんなさい)もSNSで石投稿をされていました。宮田さんは、ただの石ころを拾い愛でる趣味を各地で石拾いをしながら興味深く解説されている『いい感じの石ころを拾いに』を出版されており、アズッキさんはかわいい猫ちゃんと一緒にすばらしい島根の石が投稿されることがしばしばあります。
私が把握する限り、ただの石ころアカウントはそれくらいでした。(いや、気付いてないだけ)
しかし、現在インスタグラムに石ころアカウントが急増しており(本当か?)、みなさんとてもすばらしい石ころたちを投稿しているではありませんか。場所も青森、福井、神奈川と様々で、幸運なことに地元が石の聖地でほぼ毎日投稿されている方から、(うらやましい!)私のように各地を巡って石をコレクションされている方、漂着物や小物の合間に石も集めてらっしゃる方など、多様なアカウントが見られます。
おお、、、これが宮田さんがSNSや著書でおっしゃっていた石拾いブームなのか、、、!?と思いながら生きている今日この頃。(宮田さんはもうすでに来ている、とおっしゃっていますが)近くさらに大きな石拾いブームが来そうな予感がしています。
また別の機会に石の方々の石とアカウントをぜひご紹介したい!と思っています。(いつの日かお願いのメッセージをさせていただきます、よろしくお願いいたします)

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2. 私も石拾ってます


このワード、最近よく聞くのです。石拾いを始めた頃は、話の流れで趣味が石拾いだと伝えると、石?何それ?何に使うの?と質問責めにあったものです。ですが最近は、私も石拾いしています、だったり、とてもいいですね!(嘘くさい)など肯定的な返事がとても多くなってきました。(適当に答えているだけかもしれない)これは皆の心が、徐々に石に近づきつつあるのではないか、と思ってしまいます。(妄想もほどほどに)

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3. ネイルアートと謎との親和性


急にネイルアート!?何を言っているんだこいつは、石を広めたいがために無理やりねじこんできたな、、と思っているあなた、甘いですね。実は石ネイルなるものがすで誕生しているのです。それも、この私の石がモチーフらしいのです。感謝、感謝。ただでさえ理解してもらうのが困難な趣味である石拾い。まさかあのキラキラキラーとしたネイルアートの世界に持ち込んでいただけるなんて!これはとてつもない化学反応なのでは?と、おおげさに考えてしまいます。
私の集めた石が、とても美しくネイルアートにおとしこまれていました。そして、ネイルアーティストの方々にフォローしていていただくことが何故かとても増えました。何か、石に通ずるものがあるのでしょうか。ないでしょう。
しかしひょっとすると、小さな石ころのなかに世界を見出す、なにかに見立てることと、同じく小さなネイルの上に自由にその人の世界を表現することは、非常に近い感覚の上に成り立っているのではないでしょうか。どうなんでしょうか。とても興味深い現象です。また、この石ネイルについても、後日具体的に紹介します。

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4. デジタル化と仮想現実


現在、コロナ禍になって一部の職業はリモートワークが当たり前になり、みなさんおうち時間も増えていることかと思います。旅行も好きな時、好きな場所に行くこともできなくなっています。そしてフェイスブックは社名をメタに変え、メタバース(仮想現実)ブームが一瞬きたこともありました(今はどうなのか分かりませんが)どんどんデジタルが身近なものになり日常に溶け込んでいるように感じます。そんな中、私は感じるのです。人類の物質への憧れを、回帰を。それは服や車や時計を所有したい物欲とは違い、もっと根源的な物質への憧れ。ものに触れたい、感じたい。それを満たしてくれるのが、まさか石なのではないかと無理やり繋げ合わせて、それが石ブームのきっかけのひとつになり得るのではないかと思っています。知らん。
それが理由か分かりませんが、ここ最近、石拾いアカウントも、私のフォロワーも急に増えたと感じます。

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5. 思い出の石


さてさて虚言か何かわからない説をだらだらと書きましたが、石がブームを起こせるほどのポテンシャルを持っているのか、石拾いが魅力的な趣味なのかどうかは、みなさんも実際拾ってみればわかるかも。
まだ石拾いをしたことがなければ、海に行き一つや二つお気に入りの石を持ち帰り、部屋のどこかに転がして、ふと海岸や旅の風景を思い出してみたり、水につけてぼーっと眺めてみてはどうでしょうか。とてもいい時間が流れます。石を握ると落ち着きます。波の音が聞こえてくるかも。多分そんな気がする。自分が好きな形、色、触り心地の石を探す旅に出てみてください。家族、友人、恋人と、旅行ついでに拾うのもいいですが、慣れたら石のためだけに一人で旅に出るのがおすすめです。

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おわり。
私は石ころ探しの旅に出ます。
それではみなさんごきげんよう。





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石拾いが趣味になっていた。

石を求めて旅に出た。

孤独と不思議と癒しが織りなす

石と海の思い出日記。

アーカイブページは下記より。

石と海


2021年7月17日土曜日

石がなくなる日 |石世界|

石がなくなる日


2021年7月初旬

福井の石の友、TADAよりLINEが来た。


TADA
【悲報】
〇〇海岸
海岸
海岸

この3箇所で石拾いができなくなりそう、、、。
今日は福井で石拾ってんすよ。
大味漁港だけはいつもと変わらずなんだが、
〇〇海岸は石が転がってるけど明らかに重機で平らにされてる訳よ。
そんで〇海岸に行ったら、平らにした後にその上から土を盛ってました。目の前で工事してました、、、(0 o 0)

〇海岸も平らにされてました。石はあるんだけどね。

やべ。

石の人
えええええええええええええええ
こうして、どんどん石の浜がなくなるのか
なぜ???????
護岸?
とくに海岸、、。あんないい海岸を、、。

TADA
護岸でしょうね。

〇海岸→すでに遅し
海岸→風前の灯
海岸→まだワンチャンスあり

って感じ?
〇は普通に海水浴場だからね、、、。
気のせいだと思いたいです。
ーーー




TADA  LINE、以上。




ころころころーーーー!!!
福井!!!福井!!!
今すぐいくぞ!!!
ころころころーーーー!!!

、、、。

いや、護岸であるなら仕方がない。石ころよりも、人を守るほうが100倍大事。そもそも石は拾うために存在するのではない。ただ、そこにあるだけだ。土を上に盛ったとしても、そこにあり続けるのだ。

思い起こせば、
渡辺先生の、日本の石ころ標本箱で紹介されている海岸も、載っている写真から様変わりしていることが何度もあった。
こうして石の浜は無くなっていく運命なのか。

本音は、やっぱり石を拾いたい。
お盆には石拾いに行けるのかなあ。




終わり。

ごきげんよう。







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2020年10月11日日曜日

石に魂が宿る? |石世界|

石の人

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Toumo

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石に魂が宿る?


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石拾いについて質問がありました


どうも、石の人です。 
随分前になりますが、石と海のインスタグラムをご覧の方から、メッセージをいただきました。 
内容は、子供の頃から「石には魂が入ってるから拾ってくるな」と言われてきた、というものです。 そして、石の人さんはそういったことを信じますか?また、拾った日に何か不思議なことが起きた経験はありますか?と質問をいただきました。 私は、はっとしました。インターネットで、海や川の石スポットを探す際、検索結果に、「石には魂が宿る」や、「石を持ち帰ってはいけない」などの質問サイトやブログが表示されることがしばしばありました。その度に、見て見ぬふりをし、お目当の石サイトを探していたのですが、ちょっと、気にはなっていたのです。

結論から言ってしまうと、私は石に魂が宿ると信じていませんし、石を拾ったことで、何かが起きたということもありません。しかし、何の根拠もないのに自分の感覚のみで否定するのは、おかしいと思うのです。なので有用性があるかはさておき、いろいろと考えてみました。

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そもそも石は拾っていいのか


その前にまず、そもそも石を持ち帰っていいのかという問題があります。先日書いた、「石拾いについてよく聞かれること」でも、持ち帰る石の数に触れましたが、実は石一つ持ち帰ってはいけないとなると、私は、もう、どうすればいいのでしょうか。そんなことがあるのでしょうか。調べて見た結果、、。 

カチカチカチカチ、、。

厳密にはNGみたいですね。

石拾い日記「石と海」、本日をもって終了いたします。 皆様、いままでご覧いただき誠にありがとうございました。 
さようなら。





いやちょっと、待ちましょう。
いろいろ調べてみたところ、個人的な石拾いは問題ないが、場所によっては条例が違うので自治体に問い合わせる。とされています。大量に採取したり販売したりせず、環境に影響がないレベルで少量持ち帰るのは問題ないとする考えが多いようです。 なるほど、、少しほっとしましたが、これからは、量には気をつけようと思います。子供が川や海で遊んで何個か持ち帰るのはOKですが、大人がバケツいっぱい石を持ち帰るのはNGになりそうです。(あと、川の場合、山の所有者がいるのでNG、海も国立公園などはNG、そのほか、詳しくは問い合わせが必要です。) 石の方々、ぎくりとしていませんか?石拾い存続のためにも、一回の石拾いで持ち帰る量は、両手もしくは、できれば片手に収まる程度にしておきませんか。 
それにしても、石ブームが来たら大変ですね、、。

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石に魂は宿るのか


 さて、嗜む程度に石を少量拾うのは、おそらくOKということが分かりましたが、石には魂が宿る、霊が憑いている、などの問題はどうでしょうか。読者の中には、いや、そんな迷信、どうでもいいでしょ。という方もいらっしゃると思います。また、この問題を扱うことにより、ただでさえスピリチャルなものだと誤解されやすい「石」というワードが、完全なそっち系の話に聞こえてしまう懸念があります。しかし、石の人は、石を拾う者としてあらゆる可能性を考慮しなければなりません。私が石拾いを推奨することで、勘違いだとしても、石の霊に取り憑かれた、などとなっては大問題です。 
また、パワーストーンなどのスピリチュアルな話も否定しているわけではありません。それについては別の機会に考えてみようと思います。

では、私の考えをずばり言います。 
ザン! 
気にならない方は拾って、気になる方は拾わない方がいいと思います。 

です。

当たり障りのないの答えになってしまいました。
石を持ち帰ることについて、いろいろな考えの人がいて、川の石は魂が宿るからだめだけど、海の石は海水で浄化されていてOKと言う人がいたり、海も水場で霊が出やすいからダメだと言う人もいたり、別に川でも海でも大丈夫だと言う人もいるでしょう。結局 全く信じない人はなんともないのだと思います。ですが、強く信じている人は、それが故に事実とは無関係に、何かしらの影響が出る可能性も捨てきれません。なので、無理をしてまで、石を拾うことは避けたほうがいいでしょう。 というか誰も無理して拾わないと思いますが。

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魂や霊を信じるか


これは石の問題ではなく、魂や霊を信じるか、の問題でもあります。魂や霊が存在しなければ、石に宿ることもできないわけですから、それを信じるかどうかが問題となってきます。そして、魂や霊を信じていても、それはそんなに悪さをするものでもないし、石に宿ったりするものでもない、という考えの方もいるでしょう。

 かく言う私は、まず、魂を信じていませんし、霊も信じておりません。罰当たりな思想です。ただし、何かしらの、生命の、もしくは未知の、エネルギーはひょっとしたらあるのかも、、可能性は0ではないと思います。そもそもこの世に絶対ないと言い切れるもののほうが少ないでしょう。
生命の?未知の?エネルギー?いや、それが魂やん!というツッコミも聞こえてきそうですが、、。確かに、それを魂や霊と、言い換えることができるのかもしれません。 人間は、自分が感知・認識できるものだけを、「ある」として、感知・認識できないものは「ない」と思いがちです。例えばコウモリは人間の可聴領域を超えた、音波を感知出来ますよね?ちょっと違うかもしれませんが、蛇は温度を見ることができます。科学の世界には、まだまだ分からないことだらけで、宇宙の構成要素の半分以上が不明だそうです。素粒子の世界では、ある状態とない状態が同時に存在しているらしいです。意味が分かりませんよね?(私には分かりません、間違っているかもしれないので気になった方は独自に調べてください) そう考えると、何があってもおかしくないと思いませんか?そして、人間のごく一部に、そういった謎物質やエネルギーを感知できる人がいても不思議ではないとは思いませんか?その謎物質やエネルギーが、石に宿ったりしそうじゃないですか?なんとなくそうじゃないですか?まあ、可能性は0ではないでしょう。 または石の成分によって、何かしらの影響を及ぼす可能性もあるかもしれません。

そして何より思い込みが一番強いと思います。霊などの目撃情報は、99パーセント以上が脳内で見てしまっているのだと私は思います。泥酔の時、臨死状態の時、ダメ絶対の時、丸2日寝てない時、など、脳に異常が発生した時に、幻覚を見ると聞きますよね?つまり、脳はありもしないものを作り出してしまうものなんです。人間の五感があると認識してしまえば、その人にとってはあるんです。それは精神的な作用でも、起こりうると思います。実際に、霊が見えると言っている方の大半が、心優しく繊細で、心配性で怖がりなパターンが多いような気がします。(勝手な決めつけお許しください)まあ、あとは、ただの嘘つきですね笑。その場を盛り上げたいがためにつく嘘、怖がる人を見て楽しむ迷惑な嘘、そんなところでしょう。 しかし、目撃情報の1パーセントぐらいは、事実なのかもしれません。謎物質やエネルギーを感知できる人がいたとしても、はそこまでおかしくないと思います。そして、それが石に宿る可能性も0ではないということです。 

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結局考え方は人それぞれ


しかし、私はどうも、それらが悪さをするものには思えないのです。あくまでエネルギーであって、怨念や思念などではないと思っているからです。また、石に宿るのなら、 iphoneや、Tシャツ、タピオカ等あらゆるものに宿るのでは?と思ってしまいます。地球にある物質は、もちろん地球から生まれたものであり、それは元をたどれば、宇宙の物質が集まってできたものであり、石だけ特別視することの根拠が見つからないからです。なんなら、自然のままにできた石が一番、誰の思念も入っていないのでは、とも思ってしまいます。誰の意思も受けずに偶然という奇跡のもとに生まれた石ころこそ、何よりも純粋な物質なのではないかと思います。(だから宿るのか!?) 

もう何がなんだか分からなくなってきました。
何も考えずに、また石が拾いたくなってきました。

ころころ、ころころころ〜〜〜。

頭がおかしくなってきたところで、一旦終わりにしようと思います。私は、宇宙、素粒子、生命など、未知のものに対する考察が、大好物なのです。 
それではみなさん、ごきげんよう。


 ※この記事は、冒頭の質問を除き、全てフィクションです。





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